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今週のコラム
僕が人間として生きていくうえでも、設計者として・・・住まいとは、武信さんの言葉を借りれば、最小限にしてかけがえのない一つの信仰、そして、人間を超えないという意味でいえば、等身大の信仰であるとも言えよう。という言葉の虜になった一人ですが、確かに家は、住み続けて毎日使い続けることにより住み手の人生観が見えてきます。愛着のある場所は日常の祈りの場にもなります。


お盆のひととき・・・庭の緑を眺めてボーッとしていると
武信さんの文章を思い出した。

人間を超えない存在 「住まい方の思想」

しかし、自然の嵐に耐えることは、家の必要条件であって、十分条件ではない。ここで再び比喩の次元にもどれば、家は、人生の中で人間が遭遇するさまざまな嵐、仕事上の苦難や近親者の死や社会情勢の変動、およびそれに原因する精神的な悩みの中で、人間を庇護してくれるだけの堅固さを持っていてほしい。この堅固さとは、もはや、たんに構造的な堅固さのことでなく、比喩的な堅固さであり、しいて言いかえれば、心理的に、堅固なもの、と感じられるようなあり方のことである。それでは、堅固に感じられる家とは、具体的にどういうものであろうか。それを一言で言い表すのは難しいが、少なくとも、やたらに立派で堂々たる偉観を誇るような邸宅でないことは確かである。人によって感じ方の程度が違うだろうが、住む人を威圧するような住宅は、精神的な嵐の際に頼りになるものではない。頼りになるのは、住み手の生活観・人生観に調和し、またある程度住みならされることによってその調和が時間的な厚みとなって蓄積された結果、その人にとって「これが私の場所だ」と思える感じが、すみずみまで行きわたっている家であろう。嵐に耐える存在ということからすれば、家のイメージは城や要塞であってもよさそうだが、ぼくがそうしたイメージを避けるのは、城や要塞というと、なにかそこに籠っている人間さえも威圧するような超越性が入りこんでくるような気がするからだ。それに対して船というイメージは、それがどんな巨船であるにしても人間の意思で操れるという感じがあって好ましい。家は人間を保護してくれる堅固さを持って欲しいが、人間を超えたものであってはならない、とぼくは考える。ぼくは、うららかな日にはのんびりと、嵐の日には緊張して、自分の船を操り、
時の海をよぎっていく船長でありたい(もっとも実際に船長は妻であって、ぼくは機関士ぐらいなのかもしれないが、それはどっちでもよいことだ・・・・・・)。

まだまだ好きな文章が続きますが、
お盆に・・・いろんな思いを巡らせて・・・また皆でビールを飲みながら家に居る確かさを感じるのだ。

(C)文・かたくら たかゆき

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建築家
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自然に親しむこと
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豊かな暮らし向きを望むあなたに!
住まいの設計活動を通して住まい専門の建築家がありのままに毎日の生き方を語ります。
クライアントの方たちや家族そして自然との対話の中で常に暮らし向きの良い住まいを創造したいと思います。
住まいをもっと豊かに心地よく/片倉隆幸建築研究室FANPAGEもどうぞ!
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